昨今、人工知能(AI)は医療に対して、「医療ビッグデータにより様々な可能性が広がっている」ということを耳にしたことがあるのではないでしょうか。
しかし、AI関連の言葉の使い方から、AIの医療への応用など、具体的に何が便利になるのか、今ひとつ不明な部分がありますよね。
そこで、今回はAIが治験に与える影響について、用語の説明も交えて、わかりやすく解説していきます。
企業が開発している分野についても、ご紹介しますので、具体的に理解しやすいです。
それにより、これから進められる医師主導治験での、AIの活用方法や、今まで、曖昧にしていた、AIと関連する知識についても整理することができるのではないでしょうか。
*解説の前に、本コラムは、初心者向けに簡単に表現している旨をご了承ください。
医療におけるAIをわかりやすく解説
医療において、AIはどのように関わってくるのか、まずは、関連ワードを整理しながら、解説していきます。
AIとは…
そもそも、人工知能:AI(Artificial Inteligence)は、汎用型AIと特化型AIに分かれます。
汎用型AIは、特定の作業に限定せず、人間と同じような脳、能力を持ち合わせています。
しかし、実用化はまだまだ先の話です。
医療で使われるAIは、特化型AIの方を意味します。
特化型AIによって、特定の決まった作業を遂行することが可能になります。
たとえば、画像認識や車の自動運転、将棋の対局などがあります。
つまり、現時点で存在するすべての人工知能が特化型AIに該当します。
機械学習とは…
AIは、知識や経験がなければ、推測して適切な回答を導くことができません。
そこで、回答するために必要な法則などを学習する必要があります。
その学習方法を機械学習と呼んでいます。
たとえば、迷惑メールフィルタやチャットボットなどが該当します。
Gmailなどを使っていて、1度迷惑メールに手動で入れると、次回から自動的にに迷惑メールフォルダに入れてくれますよね。
ニューラルネットワークとディープラーニングの関係
AIに機械学習をさせるための技法は、いくつか存在します。
- クラス分類(ベイジアンネットワークなど)
- ニューラルネットワーク
- クラスタリング
- など
その中でも、データの関係性を理解できるニューラルネットワークを、多層にして構築したものを深層学習(ディープラーニング)と言います。
従来の機械学習のアルゴリズムでは、人間の手で入力された学習データから、数値を抽出する必要がありました。
しかし、ディープラーニングでは機械が自動で、データにどのような特徴があるのか取得し、学習します。
たとえば、Googleによる自動翻訳機能や、AppleのSiri、AmazonのAlexaといった音声認識など、より複雑なタスクに適用されています。
医療ビッグデータを活用する手法として、ディープラーニングが優れていると言えるのが理解できるのではないでしょうか。
AIがもたらす医療ビッグデータによる新たな価値の創出
ビッグデータとは、文字で構成されるテキストによる情報に加えて、画像や動画などの情報を合わせたデータのことを言います。
とくに、電子カルテの普及により、レントゲンや検査データなどがデジタル化されました。
これら、医療に特化したビッグデータのことを、医療ビッグデータと言います。
AIと医療の相性が良いと言われる理由は、医療ビッグデータの存在があるためです。
医療ビッグデータがデジタル化して存在することは、ディープラーニングを使った手法で、データ収集・解析をしたのちに、最終的に新たな価値を生み出すことを可能にします。
AIを導入するに至った医薬品開発の背景
昨今の医薬品開発でボトルネックとなっている理由として、以下が挙げられます。
- 低分子医薬品が開発し尽くされた
- 高騰する医薬品開発費用
- 薬価抑制
とくに、低分子医薬品が開発し尽くされたことにより、医薬品開発にかかる費用がかかり、新薬が市場に出てくるまでの時間も長くなりました。
そして、新薬が世に出てきたと思ったら、毎年の薬価改定に合います。
そこで、あまりに非効率な医薬品開発に現れたのが、AIを活用した創薬なのです。
学習・解析を確実に行えるAIの活用は、膨大な情報を取り扱う医薬品業界において、必要不可欠なものとなりました。
AIで変わる創薬(医薬品開発)・治験
AIによるディープラーニングによって、膨大な医療ビッグデータの学習・解析が短時間で実施されるようになりました。
とくに、臨床研究の分野においては、以下の点で有効的です。
- 新薬の創出
- ドラッグポジショニング
- 被験者スクリーニング
- 事前診断
- など
臨床試験において、進捗が遅くなる最大の理由は、被験者スクリーニングに時間がかかることです。
膨大な医療データの中から、医師やCRCが当該治験の対象となる被験者を見つけ出す作業は、人の手によるもののため、時間がかかることは、仕方ないことでした。
それを、AIが医療ビッグデータから情報を拾い集めて、個々の治験に該当する被験者を探し出してくれるのです。
また、高難易度であった、ヒット化合物を創出するためのスクリーニングがAIにより、短時間で行われるようになりました。
それにより、新薬の創出やドラッグリポジショニングといった分野でも、AIが活用されています。
ドラッグリポジショニングとは、既存疾患に有効な治療薬から、別の疾患に有効な薬効を見つけ出すことです。
今までは、個々の研究者等の知識や経験値による能力で行われていたことが、AIに置き換えられる時代に入っているということです。
AIとIoTを活用した治験
医療機器の治験においては、とくに、IoTとの相性が良いです。
IoTとは、モノがインターネット経由で通信することを言います。
以下のようなIoTを活用することにより、より多くの医療ビッグデータを集めることが可能になります。
- ウェアラブルデバイス:24時間監視型装置
- 音声入力
- GPS機能
- ロボット手術
- スマート治療室
- など
たとえば、ウェアラブルデバイスを利用することで、被験者のビジットでは発見できないイベントを拾うことができます。
また、AIは、GPS機能を利用したデータから、被験者の行動の幅を拾うことができます。
これにより、痛みのある被験者の行動範囲から、痛みの評価をすることに役立ちます。
スマート治療室では、IoTにより集められたデータが、術中に即座に解析されて、術者の判断を助けます。
AIとIoTを活用した医療機器治験に幅が広がりますね。
AI、IoT、再生医療、バーチャル治験(臨床試験)を絡めた医師主導治験の具体例
2018年7月から慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科で、希少疾患であるペンドレッド症候群患者さんを対象とした医師主導治験が開始されました。
ペンドレッド症候群は、先天性難聴、めまいそれから、10才以後に発症する甲状腺腫を合併する、常染色体劣性遺伝の疾患です。
Pendred症候群患者さんの血液から疾患特異的iPS細胞を作製し、この患者iPS細胞と健常者iPS細胞からそれぞれ内耳細胞を作製して、比較検討することで、その違いを突き止めました。
慶應義塾大学病院、医療・健康情報サイトより
この医師主導治験は、再生医療、AIという、最先端の技術を使っています。
また、希少疾患に対する薬効を突き止め(ドラッグリポジショニング)ました。
そして、薬効と安全性をIoTを使ったバーチャル治験(臨床試験)にて確認する流れです。
バーチャル治験については、「バーチャル治験とは 〜遠隔でも臨床試験が進む理由〜」の記事に詳しく書いています。
AIを使った企業による取り組み
AIを使った各企業の取り組みについて、医療の分野にフォーカスしてご紹介します。
IBMのWatson(ワトソン)は各種スクリーニングに
IBM(本社:米国)のWatsonは、文献や論文から学習し、適切なアウトプットを出すために、開発されています。
被験者スクリーニングもその一つです。
「医師にとって患者の治療結果を向上させる画期的な技術になる可能性がある。」と言われていました。
しかし、2018年8月には、思うような結果が出せず、医療診断への応用が行き詰まるという状況に直面しているとのこと(The Wall Street Journalより参照)。
田辺三菱製薬と日立製作所は臨床試験の効率化に向けて共創
2018年8月、田辺三菱製薬は、日立製作所が開発したIoT「Lumada(ルマーダ)」を活用して、臨床試験の効率化に取り組むことを発表しました。
臨床試験の計画段階において、医学論文やClinical Trials gov.からの専門的な医学情報の検索、収集に多くの時間を要していることに着目し、2017年初めから共同で情報検索、収集の自動化を検討してきました。
その結果、ディープラーニングを活用することによって、情報収集にかかる時間を70%短縮できることを確認しました(日系デジタルヘルスより参照)。
DeNAは、塩野義製薬と旭化成ファーマと共同でAI創薬の研究
2017年、DeNAが持っているAI技術と製薬企業のデータを活用して、化合物最適化段階の大幅なコスト削減と時間低減につながる技術を開発しています。
2019年4月頃には、研究が終了予定(日本経済新聞より参照)。
ノバルティスはバーチャル治験(臨床試験)で被験者の負担を軽減
治験におけるビジットが、被験者のドロップアウト率を上げているという結果が出ていました。
被験者の負担を軽減するため、ノバルティスファーマ社では、バーチャル治験(臨床試験)の開発を進めていました。
2018年3月のプレスリリースにおいては、今後3年間で、治験実施施設をほとんど設置せずとも自宅などから治験に参加できるモ デルの確立を目指しています。
日本での実施の予定は、まだありませんが、米国を中心として、ノバルティスファーマのバーチャル治験(臨床試験)がすでに開始されています。
AI・医療ビッグデータの今後の課題
医療ビッグデータを用いたAIの利活用については、いくつかの問題点があります。
- 電子カルテの普及率が43.6%と低いこと(2017年4月時点:JAHIS調査)
- データのプライバシー保護の問題
- AIシステム構築には、多くの人手を必要とする
電子カルテの普及率が低い
電子カルテの普及率は、年々上がってはいるものの、依然40%台ということは、半分以上のデータが使えないことを意味します。
医療データのプライバシー保護の問題
データのプライバシー保護の問題は、2017年5月に「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律」が施行されました。
レセプトなどの情報から、個人を特定する情報をマスキングして、医療ビッグデータを活用するのが目的です。
EUでは、2018年5月にGDPR(EU一般データ保護規制)が施行され、個人情報とする範囲が広くなり、今まで以上に個人情報の取り扱いに対して厳しくなりました。
この辺りは、今後、ブロックチェーン技術・スマートコントラクトを使うことで、解決できる可能性が残されています。
AIシステム構築には多くの人手がかかる
AIシステム構築にかかる多くの人手については、データの品質・量を担保するために必要なことです。
それは、AIシステムの性能が学習したデータの品質並びに量に依存しているからです。
まとめ
今回は、AI関連の言葉の使い方から、AIの臨床試験への応用など、AIは具体的にどう治験の可能性を広げるのかについて、ご紹介しました。
とくに、臨床試験の分野において人工知能(AI)は、以下の3点に有効であることがわかっています。
- 創薬
- ドラッグリポジショニング
- スクリーニング
また、1企業単独での新薬開発は厳しい現状にある中で、製薬・医療機器企業とIT企業とが共創する形で、新たな取り組みをしているという具体例をご紹介しました。
実施しようとしている医師主導治験では、どういった企業と組むと、あるいは、どういったIoTを利用するとより効率的に行えるのか、ということを考えるきっかけになったのではないでしょうか。
医師主導治験の流れと注意点について知りたい方は、「医師主導治験の流れ・注意点をわかりやすく解説」の記事に詳しく書いています。
治験に関する参考図書はこちらです。